大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1675号 判決 1978年5月11日

控訴人(被告)

関東鉄道株式会社

ほか一名

被控訴人(原告)

大畠正男

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは、被控訴人に対し、各自、金三二九万一、五四六円及び内金二八四万一、五四六円に対する控訴人関東鉄道株式会社は昭和四九年一一月八日から、控訴人関東交通株式会社は同月九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて八分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人ら代理人は、各自、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。(但し、原判決二枚目―記録一二丁―裏一行目の「茨い」を「栃11」と改め、同裏一二行目の「担任」の前に「学級」を加え、原判決四枚目―記録一四丁―裏一〇行目の「ウインド」を「フロント」と、原判決七枚目―記録一七丁―表二行目の「大形」を「大型」とそれぞれ改める。)。

1  控訴人関東交通代理人は次のように述べた。

(免責)

B車の運転者荒井は、本件交差点に差しかかつた際、停止線で一時停止し、再度発進して交差点に進入するに当つては交差道路上の交通の安全を十分確認し、徐行しつつ交差道路から接近してくる車両との衝突の危険を回避するためその進行妨害を避けるなどの措置をとつたのであるから、過失はなく、むしろ、A車の運転者荻谷の前方不注意又は不必要な制動ないしは乗客である被控訴人の後記のごとき落度が本件事故を招いたものであり、かつ、B車に構造上の欠陥又は機能障害はなかつたから、控訴人関東交通には賠償責任がない。

(逸失利益の消滅)

被控訴人は、従来、昭和五一年度以降は教職を失うことを前提として逸失利益の算出をしていたが、現実には昭和五二年度以降も引き続き従前の勤務を継続しており、当然被控訴人は公務員として従前の給料を下回らない給料の支払を受けており、また将来受けられる筈である。したがつて、仮に労働能力の喪失自体を損害とみる見解をとつたとしても、今後とも従前を下回らない所得が得られる限りにおいて一旦発生した損害は填補されて消滅するものというべきである。

(過失相殺)

現実の輻輳した道路交通事情のもとでは、自動車が必要に応じて急ブレーキをかけることは避けられないところであるから、バスの乗客といえども姿勢をなるべく安固に保持して急ブレーキに備えるべき義務を負うものである。しかるに、本件事故に際し被控訴人と一緒にバスに乗つていた小学生四五名中に転倒したりガラス窓や座席、保持棒などに身体をぶつつけたり、まして何らかの傷害を受けた者は一人もいないのに、被控訴人のみが、それほど衝撃が大きいとも認められない急ブレーキによつて、フロントガラスに額をぶつつけて負傷しその後四年近くも治療を要しているとすれば、それは、同人が乗客としての基本的な義務を尽くしていなかつたことを物語るものである。

しかも、被控訴人は、事故直後に身体に異常を感じながら直ちに医者の診察を受けることなく通常の勤務を継続し、事故の四日後に初めて医師の診察を受けて頸椎椎間板損傷と診断された後にも電気治療と投薬で様子をみることにしたというのであつて、被控訴人のこのような常識を無視した行為が初期の患部固定、安静治療がもつとも大事とされるむち打ち症を決定的に悪化させてしまつたことは容易に推認されるところである。

したがつて、損害額の算定に当つては、被控訴人の右過失が斟酌されるべきである。

2  被控訴代理人は次のように述べた。

被控訴人は、その後も後遺症の治療を継続中であり、昭和五二年八月一一日からは入院して治療を受けている。もつとも、被控訴人は現在は事故前と同じ教員として働いているが、三年間の休職後の復職であり、小学校の教員としての生きがいともいえる学級担任にはつけず、又、授業時間数を制限してぎりぎりのところで職についているものであり、現在もなお入院を要するような症状がでていることを考えると、今後の身分保障は確実なものとはいえず、被控訴人には労働能力の喪失による逸失利益がある。

理由

一  本件についての当裁判所の判断は、次に加え、改め、削るほか、原判決がその理由(原判決八枚目―記録一八丁―表一二行目から原判決一五枚目―記録二五丁―裏一〇行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。

1  原判決八枚目―記録一八丁―裏三行目の「から本件」から同裏末行までを「による管轄は専属管轄ではなく、また他に専属管轄の定めがあるとは認められない本件においては、もはや第一審の管轄違を主張することは許されない。」と改め、原判決九枚目―記録一九丁―表二、六行目の「証人」の前に「原審」をそれぞれ加え、同表六行目の「荒井」の前の「同」を「原審及び当審証人」と、同行の「福田」の前の「同」を「原審証人」とそれぞれ改め、同表七行目の「小田倉茂」の後に「、当審証人大平シヅエ」を、同行の「原告」の前に「原審における」を、同表九行目の「国道」の後に「(幅員八・二メートル)」を、同表一一行目の「県道」の後に「(幅員七・一メートル)」を、それぞれ加え、同裏四行目の「一応」を削り、同行の「確認し」を「確認するのに必要な徐行をすることなく」と改め、原判決一〇枚目―記録二〇丁―表一行目の「運転し」の後に「停止線で一時停止することなく」を、同表八行目の「証人」の前に「前掲」を、同表九行目の「小田倉茂」の後に「、同大平シヅエ」を、同裏一〇行目の「郵政省」の後に(「具体的には国)」をそれぞれ加える。

2  原判決一一枚目―記録二一丁―表二行目の「被告関東鉄道」を「控訴人ら」と、同表一一行目の「義務のある」から同裏三行目までを「義務があり、」と、同裏七行目の「きかないのであるから」を「きかず、しかもA車の進行した道路は交差道路に対し優先道路若しくは明らかに幅員の広いものであるとも認められず、時刻も早朝であつて交差道路から交差点に進入してくる車両のあることを予測できない事情も認められない状況においては」と、それぞれ改め、同裏九行目の「訴外」の後に「荒井及び同」を、同行の「荻谷は」の後に「ともに」をそれぞれ加え、同裏一一行目の「被告関東鉄道」を「控訴人ら」と改め、同裏一二行目から原判決一二枚目―記録二二丁―表六行目までを削る。

3  原判決一二枚目―記録二二丁―表一〇行目冒頭に「前掲」を、同表一二行目の「同号証の三、」の後に「甲第七号証の一、二、」を、同裏三行目の「原告」の前に「前掲」を、同裏四行目の「果」の後に「並びに当審における調査嘱託の結果」をそれぞれ加え、同裏九、一一行目の「后」を「後」と、原判決一三枚目―記録二三丁―表二行目の「后昭和五〇年一二月ごろ」を「後現在」と、同表三行目の「通院治療を」を「斉藤医院への通院及び入院治療を繰り返し」と、同表五行目の「それ」から同表七行目の「ため」までを「軽易な労務以外の労務に服することができないとの診断を受けていること」とそれぞれ改め、同表一〇行目冒頭に「学級」を加え、同行の「いるが」から同表一二行目の「原告は」までを「現在に至つているが、なお後遺症の治療の必要があり、最近では昭和五二年八月一一日から同年九月一三日まで前記斉藤病院に入院し加療していること、もつとも、被控訴人の教員としての身分は昭和五一年度以降も保障されており、給料は一旦減額されたが復職後再び元の額に戻り、」と、同裏一行目の「得たが、」を「得たこと、被控訴人は」と、同行の「五一年」を「五三年」と、同裏二行目の「四六歳」を「四八歳」とそれぞれ改める。

4  原判決一三枚目―記録二三丁―裏五行目の「一七年」を「一五年」と改め、同行の「ところ、」の後に「被控訴人は長期間の休職を余儀なくされたうえ、復職後も学級担任につくことができずわずかに国語一科目のみを教えているにとどまるから、たとえ教員としての身分を保障され、又、給料も現在ではとくに減額されていないとしても、今後の昇進や昇給の面で不利益を受けることは避けられないとみられるので、被控訴人には労働能力の喪失による逸失利益があると認めるのが相当であり(したがつて、逸失利益の損害が填補されて消滅したとの控訴人関東交通の主張は採用できない。)、前記認定の事実関係に照らせば、」を加え、同裏六行目の「経験則」から同裏七行目の「まで」を「右就労可能年数に相当する一五年間」と、同裏八行目の「「労働能力喪失率表」に従い五六」を「右期間を通じて一〇」と、同裏一二行目の「一、三五一万二、六四二円」を「四〇二万一、五四六円」とそれぞれ改める。

5  原判決一四枚目―記録二四丁―表一行目を「(3,662,344円)×10/100×10.9808(15年の係数)=4,021,546円)」と改め、同表四行目の「精神的」の前に「後遺症の治療中であつて天候によつては」を、同行の「原告」の前に「前掲甲第七号証の一、二及び」をそれぞれ加え、同表九行目の「一、六五一万二、六四二円」を「七〇二万一、五四六円」と、同表一二行目の「一、二三三万二、六四二円」を「二八四万一、五四六円」と同裏七行目の「五〇万円」を「四五万円」と、同裏九行目から一〇行目の「一、二八三万二、六四二円」を「三二九万一、五四六円」とそれぞれ改める。

6  原判決一四枚目―記録二四丁―裏一〇行目の後に行を変えて「五 控訴人関東交通の過失相殺の主張についてみるに、前掲証人大平シヅエの証言によれば、被控訴人は、本件事故当時、A車の最前列の昇降口側最前列通路側座席に半身になり後部座席をみる格好で坐つていたことが認められ、このような不自然な姿勢が被控訴人の受傷の少なからぬ原因となつたことは推認するに難くない。しかし、右証言によれば、被控訴人は、引率者として、後部座席の生徒らに対し気付薬を示しながら気分が悪くなつたときは申出るように話していた最中であつたことが認められるから、被控訴人が前述したような不自然な姿勢でいたからといつて、バスの乗客として坐り方に落度があつたとまではいうことができない。又、前掲被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件事故の直後目がくらくらし熱つぽい感じであつたが、外傷としては擦過傷程度であつて大したことはなく、しかも生徒らを引率しての日光への見学旅行の途中であつたためそのまま目的地に向つたこと、被控訴人としては旅行から帰つてきてからも急いで医者の診察を受けようという考えはなくそのまま通常の勤務を続けたが、事故の翌々日に自動車の運転中他人から走行の異常を指摘されて病院に行き診察を受けたところ頸椎椎間板損傷の診断を受けたこと、そして、その際担当の医者から手術をするとすれば整形外科に入院しなければならないが手術をしても完全に治るとはいえないといわれたため、とりあえず電気治療と投薬で様子をみることにし、このような治療を約一か月半続けたことが認められる。しかし、前述した本件事故の態様や外傷の程度に鑑みれば、被控訴人が事故直後直ちに医者の診察を受けずそのまま旅行を続けその後も通常の勤務をしようとしたことにとくに非難されるべき点があるとはいえないし、電気治療と投薬によつて様子をみることにしたのも医者の指示によることが認められるから、たとえ右治療の方法が適切でなかつたとしても、被控訴人自身に落度があつたとはいえない。したがつて、控訴人関東交通の過失相殺の主張は採用できない。」を加え、同裏一〇行目の「五」を「六」と、同行及び原判決一五枚目―記録二五丁―裏二行目の「后」を「後」とそれぞれ改め、同表二行目の「経過した」の後に「後である」を加える。

二  以上のとおりであつて、被控訴人の本訴請求は、控訴人らに対し、各自、金三二九万一、五四六円及び内金二八四万一、五四六円(弁護士費用を控除した金額)に対する履行期到来後の控訴人関東鉄道については昭和四九年一一月八日、控訴人関東交通については同月九日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるので認容すべきであるが、その余は失当として棄却されるべきであるから、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 前田亦夫 太田豊)

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